作品制作記録:「祈 ― 湘南平塚の海にて」

2025年11月、夜明け前の湘南平塚の海で、新作「祈(Inori)」を制作しました。
今回は普段のアトリエではなく、自然の中で書くという実験的な試みでした。
現地での制作と撮影の様子を、記録として残します。

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備と移動

この日は午前3時に起床しました。
外はまだ真っ暗で、11月の海沿いらしい冷たい空気が漂っていました。
筆や墨、水差し、撮影機材を車に積み込み、平塚の海へ向かいます。
移動中、富士山の方向を確認しましたが、厚い雲に隠れていて、
「今日は見えないかもしれない」と感じながら運転を続けました。

現地に着いたのは午前5時半頃。
空はまだ薄暗く、水平線の先がかすかに明るみ始めていました。

富士山と天候の変化

西の空を見ると、富士山の輪郭がうっすらと浮かび上がっていました。
しかし山頂にはまだ雲がかかっており、このまま撮影しても条件が良くないかもしれないと迷いました。
それでも、準備を進めながら時間を見ていると、東の空が赤紫に染まり始めました。
その色が変わっていくわずかな時間の中で、太陽が昇り、
雲が一気に晴れ、空気が透き通るように澄んでいきました。

その瞬間、「今日しかない」と判断しました。

制作の開始

砂浜に和紙を貼ったF30サイズの木製キャンバスを固定し、筆にSumi ink(墨汁)を含ませました。
風はまったくなく、海は鏡のように穏やか。
波の音だけが一定のリズムで続いていました。

一筆目を入れたとき、墨が紙に吸い込まれ、光を帯びるように見えました。
朝日が差し込み、濡れた墨が反射して黒が金色に変わる瞬間がありました。
撮影チームの誰もが声を出さず、そのまま見守るように静かな時間が流れていました。

書き終えた後

作品を書き終えたあと、波の音が遠くで穏やかに続いていました。
撮影を終えても、誰もすぐにはその場を離れませんでした。
刻一刻と光が変わる中で、作品表面の墨は乾くにつれて深みを増し、
和紙の質感とともに、朝日の残光を受けて微かに輝いていました。

あの日の空の色と海の音は、今も強く印象に残っています。
「祈」は、その朝の光景をそのまま記録した作品であり、
自然の変化の中でしか生まれなかった一枚だと感じています。

作品情報

タイトル:祈 – Inori
制作地:神奈川県・湘南平塚
サイズ:F30(91.0 × 72.7 cm)
素材:Sumi ink on washi mounted on wooden canvas board
制作日:2025年11月
署名:背面右下
落款印:前面左下・背面右下

この作品と映像は、KANJI TOKYOのアーカイブおよび海外向けプロモーションで使用予定です。
自然の中で制作することの難しさと、そこでしか得られない瞬間の美しさを改めて感じた一日でした。

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