私にとって特別で、そして何よりも個人的な意味を持つタトゥーを探す中で、私はまず一つの根本的な問いを自分に投げかけました。
「自分とは何者なのか――そして、どのような原則に基づいて生きているのか?」
私は昔から、何よりもまず他人への配慮を優先する傾向があります。
友情においても、そしてとりわけ恋愛関係においては、私が愛し、大切に思う相手が幸せで、心地よくいられることが何より重要でした。自分のことはその後です。そうして初めて、私自身も内面的な安らぎを得ることができるのです。
私は意識的に対立を避けます。
状況がエスカレートしないよう、そして自分にとって大切なものを守るために、言葉を慎重に選びます。そのために、感情を抑え、歯を食いしばり、物事を耐え忍ぶことも少なくありません。
それは弱さからではなく、「いつか必ず、より良い時が来る」という確信があるからです。
そしてその時、私はこう言えるのです――「あれは価値のある時間だった。この瞬間のために耐えてきたのだ」と。
私はずっとそうでしたし、おそらくこれからもそうであり続けるでしょう。
この道が決して楽ではなく、必ずしも自分自身にとって良いとは限らないことも理解しています。それでも、これは私の在り方であり、私自身が選んだ道なのです。
こうした思いを胸に、私はタトゥーのアイデアを、日本への憧れ、敬意、尊敬、そして深い結びつきと結びつけたいと考えました。
そこで、自分の価値観を映し出す日本の文字や概念を、意識的に探し始めたのです。
そうして出会ったのが、漢字「我慢(Gaman)」でした。
この言葉は、我(が)――「私」「自我」と、
慢(まん)――「傲慢」「高慢」
という二つの字から成り立っています。
私の心を強く打ったのは、その一見すると矛盾した構造でした。
それぞれ単体では自己中心的な意味を持つ文字が、組み合わさることで、「痛みや不快さ、内面的な重荷を、文句を言わずに耐え忍ぶ」という意味を持つ言葉になる。
この文字の中に、私は自分自身を見出しました。
理想としてではなく、現実として生きてきた自分の姿を。
私はこのタトゥーを、誇りをもって身に刻みたいと思っています。
それは装飾ではなく、人生の伴走者として。
日々どのような原則で生きているのかを思い出させてくれる存在として、そして自分自身が選んだ道への、静かな誓いとして。
このレポートから、ダニーがどれほど真剣に、自分自身と向き合いながら「我慢」という言葉に辿り着いたのかが、静かに、しかし確かに伝わってきました。
自分を抑え、相手を想い、衝突を避けながらも、希望のある未来を信じて耐え抜く姿勢。それは弱さではなく、人としての強さであり、覚悟だと私は思います。
「我慢」という漢字は、苦しみを耐えるだけの言葉ではありません。その先にある光や、より良い明日を信じて進み続ける意志を内包した言葉です。ダニーの人生観と、この言葉が自然に重なっていることを、私は深く感じました。
この想いを受け取り、私は書道家として、そして一人の人間として、ダニーのための「我慢」を、全身全霊で書き上げるため、我慢をどう書こうかと構成を考えます。
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