[number-0000002] 作品名:慈のほとり サイズ:A1 価格:¥480,000

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作品イメージ

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作品の世界観

『慈のほとり ― いつくしみのほとり ―』

作者:MADARA

「愛」という言葉は、あまりにも広く、深く、そして時に曖昧なものです。
この作品『慈のほとり』を描くとき、私はその「愛」というものを、ひとつの形に閉じ込めることはできないと強く感じていました。

人が人を思うとき、そこには喜びもあれば痛みもあります。
時に、相手を守るために嘘をつく愛もあれば、見返りを求めない愛もある。
そのどれもが不完全でありながらも、確かに「真実の愛」の断片を宿しています。

私は、その中に潜む「一点の本物の愛」をどうしても描きたかった。
それが、この作品の中の小さな赤い点です。
黒と灰の世界にひとつだけ灯るその赤は、偽りや苦しみの中にあってもなお消えることのない「本質的な愛」の象徴です。
それは炎ではなく、静かな温もり。
誰かを包み、癒やすような、ひとしずくの慈しみです。


この作品で表した「慈」という字には、私なりの想いがあります。
それは、「愛の中のいたわり」という感覚。
優しさというものは、ただ穏やかで柔らかいものではなく、
ときに痛みを受け入れる強さでもあると私は考えています。
「慈」とは、相手の痛みをそのままに受け止める心。
そして「ほとり」とは、その心が静かに宿る場所。
誰かのそばに寄り添い、風のように、光のように存在する。
そんな愛の姿を思い浮かべながら筆をとりました。


制作の過程では、最初から構図を決めることはしませんでした。
筆を和紙に置き、墨が広がる瞬間に耳を澄まし、墨の流れに導かれるように筆筋を残してゆく。
その過程は、まるで「愛そのもの」を追いかける旅のようでした。
思いどおりにいかない線、滲み、予期せぬ形や滲み。
それらすべてを否定せず受け入れることが、この作品の本質になっていったように思います。

書道は、私にとって単なる文字の表現ではなく、心の呼吸そのものです。
線が走る一瞬の中に、心の波が映り、呼吸が宿る。
そのわずかな揺らぎの中に「人間らしさ」が滲み出ます。
完璧を追わず、滲みも掠れも一つの人生。
そこに、私の芸術としての書が存在します。


この作品を構成する黒の濃淡や、墨の滲みの向こう側に見える「間(ま)」は、静寂の象徴です。
人の心の奥にある静けさ、言葉にならない思い、それを表現したかった。
そこに小さく添えた赤は、私にとって「祈り」や「願い」であり「唯一の真実」でもあります。
それは他者への祈りであり、同時に、世界そのものへの慈しみ。
無常の中にあっても、永遠に続く想い。

この世界のあらゆる愛は、移ろいゆくものかもしれません。
しかし、その移ろいの中にも確かな「温度」があります。
その温度を感じる瞬間。たとえば、風の匂い、誰かの声、沈む夕日の光。
そうした小さな体験のすべてが、私のインスピレーションの源です。

私はよく、言葉や音、あるいは自然の静けさの中から創作の光を見つけます。
風が木々を揺らす音や、遠くに波の響きが聞こえ、今ここにいる私までの空間に、ふと「世界の大きさ」を感じたとき。そして人の優しさに触れて胸が震えたとき。そうした瞬間が、作品を生み出す原動力になります。
『慈のほとり』もまた、そんな「一瞬の感動」から生まれました。


この作品を通して、私は「愛の多様さ」と「真の慈しみ」を伝えたい。
それは華やかな愛ではなく、名もない日々の中で静かに息づく愛です。
傷つき、迷いながらも、それでもなお誰かを思う心。
その心の奥にある光を、私は書の中に閉じ込めたかった。

「慈のほとり」とは、誰かの心のそばにそっと寄り添う場所。
見る人が、自分の中の“いたわり”や“ぬくもり”を思い出してくれたなら、
この作品は、そこでようやく完成するのだと思っています。


わたし(MADARA)にとって書は、「祈り」と「愛」の表現そのものです。
それは、誰かに向けた一通の手紙のようでもあり、
時に、自分自身を癒すための言葉でもあります。

『慈のほとり』は、そんな私の想いを凝縮した作品です。
滲む墨の中に、あなたの心の温度を見つけてもらえたら嬉しいです。

制作秘話

『慈のほとり』制作秘話

話:MADARA

この作品を描こうと思ったきっかけは、映画『チェンソーマン レゼ編』を観たことでした。
スクリーンに映し出されたのは、激しさと儚さ、そして静かに燃えるような愛の物語。
それは単なる恋ではなく、任務と感情の間で引き裂かれながらも、どうしても消せない“真実の愛”の姿でした。

映画終盤レゼがデンジに見せた笑顔には、優しさと悲しみが同居しているように感じました。
偽りの関係から始まりながら、気づけば本気で人を想って(頼って)しまう。
その矛盾と苦しみの中に、私は「慈」という言葉の本質を見た気がしたのです。
それは、与えるために痛みを受け入れる愛。
誰かを思うがゆえに、嘘をつき、離れなければならない切なさ。
そのすべてが、愛のひとつの形なのだと。

『慈のほとり』の中にある赤い一点は、まさにその“本物の愛”の象徴です。
黒と灰の世界に灯る小さな赤は、燃え盛る炎ではなく、静かに心の奥で灯り続けるぬくもり。
偽りの中に咲く一滴の真実を、私はそこに描きました。

筆を走らせながら、私はレゼの心の揺らぎを思い浮かべていました。
どうにもならない運命の中で、それでも誰かを想ってしまうという、人間の切なさ。
その想いをどうにか形にしたくて、墨が滲むままに筆を任せました。
滲みは涙のようであり、掠れは言葉にならない叫びのよう。
それらを否定せず、そのまま受け入れることが、「慈」の表現になっていったのです。

愛とは、美しいだけではなく、痛みや喪失、矛盾を抱えたもの。
けれど、その中にも確かに“あたたかさ”がある。
レゼのように儚くても、たった一瞬でも、真実の愛は存在する。
『慈のほとり』は、その刹那の輝きを、永遠に留めようとした作品です。

漢字の意味

慈」と言う漢字の持つ意味は?

  • 「慈」は、「いつくしむ」「やさしさ」「思いやり」「深い愛」を意味する漢字です。
  • 根源的には「母が子を思うような無償の愛」「苦しむ者を見過ごせない心のぬくもり」を表します。
  • 仏教でも非常に重要な言葉で「慈悲(じひ)」の「慈」は「他者に安らぎを与える愛」を指します。
    つまり、「慈」は愛の中でも特に「相手を思い、包み、癒やす愛」なのです。

愛」と言う漢字の持つ意味は?

  • 根本的な意味
    人や物事をいとおしみ、大切に思い、守り育てたいと願う心。
  • 感情の幅
    恋愛や家族愛だけでなく、友情・慈愛・自己への愛・自然や芸術への愛など、
    相手を尊重し、見返りを求めない温かい気持ちを広く含みます。
  • 動詞的ニュアンス
    古語では「いつくしむ」「大切にする」「かわいがる」というニュアンスも強く、
    現代より行為的・保護的な側面がありました。

作品詳細

項目内容
作品ベースウッドキャンパス
メイン素材木材、和紙
サイズA1 33.11in(841mm) × 23.39in(594mm)×0.98in(25mm)
使用画材墨汁、顔彩
作品の仕上げ木製キャンパスの上に、和紙(書道用紙)を貼り、墨汁で仕上げています。紅の部分は顔彩の上朱を使用しています。
国内外配送対応について・海外出荷対応可能:運送会社に指定が無ければFedExにて出荷
・日本国内の配送:運送会社に指定が無ければヤマト運輸にて出荷
出荷時の梱包について簡易包装や重包装など、ご要望に応じた梱包も対応させていただきますので、詳しくはお問い合わせください。
送料についてアート作品対応運輸を使う、保険をかけるなど、購入者と要相談のうえ決定します。
作品の補償について作品は、販売時の状態そのままでのお引き渡しとなります。美術品保険等のご希望がありましたら、ご相談も承ります。
お支払の方法作品価格+保険料(オプション)+送料が、お支払価格となります。お支払はカード決済がご利用いただけます。

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